JAPAN × KOREA Gastronomy Experience ― 開催報告 ―

JAPAN × KOREA Gastronomy Experience ― 開催報告 ―
国境を越え、感性が静かに響き合う ──
2026年3月7日、蘭亭にて開催された「JAPAN × KOREA Gastronomy Experience」は、多くのお客様にご来場いただき、好評のうちに幕を閉じました。
この日の主題は、奇をてらう融合ではありません。
蘭亭が大切にしてきた日本料理の繊細な構成、江戸前の技、そして一皿ごとに寄り添う日本酒の奥行き。その関係性を、韓国人初のJ.S.A.認定「SAKEディプロマ」保持者であり、OSA審査員も務めるチャ・ジンソン氏の感性によって、より深く掘り下げる一夜となりました。
料理と酒は、単に並ぶものではありません。
一口の余韻に、一杯が寄り添う。
酒が料理の輪郭を際立たせ、料理が酒の香りを引き出す。
その往復の中にこそ、この日の体験の本質がありました。
コースは、春の気配を丁寧にすくい上げるように始まります。
一品目は、愛知県産の平貝と花山葵。厚めに引いた平貝は軽く炙ることで香ばしさをまとい、65℃で繊細に火入れした花山葵は、清冽な香りと辛味を立ち上げます。そこに鰹出汁を含ませた土佐酢のジュレ。貝の甘み、山葵の香気、出汁の旨味が重なり、春の輪郭が静かに浮かび上がります。
続く桜鯛は、三日間の熟成と塩による脱水で旨味を凝縮。卵黄と鯛酒盗を合わせたソースをまとわせ、下には素麺状に引いた長芋の昆布締めを忍ばせました。酒盗という言葉から想像される強い塩味ではなく、鯛の旨味に鯛酒盗の深みを重ねる、あくまで繊細な設計。後に続く鮨へ向けて、味覚をゆるやかに整える一皿です。
鮪トロの藁焼きでは、鰆や鰹で用いられることの多い藁焼きの手法を、あえて鮪のトロへ。表面にほのかな火を入れ、藁の香りをまとわせることで、脂の甘みと燻香が一体となり、鮪に新たな表情が生まれました。
中盤には、貝と山菜の小鍋。蛤とホッキ貝の旨味に、十時間かけて引いた鰹出汁を重ね、うるい、うど、筍、椎茸、九条葱を合わせます。山菜のほろ苦さ、貝の滋味、出汁の余韻。山と海がひとつの鍋の中で静かに結ばれていく、春ならではの一品です。貝は火を入れすぎず、客前で仕上げることで、食感と香りの最良の瞬間をお楽しみいただきました。
エボ鯛の一夜干しには、惣誉の酒を仕込みに用いました。水、酒、昆布で整えた塩水に魚を預け、余分な水分を抜きながら旨味を内側へと凝縮させる。焼き上がりには、淡白な白身の中に脂の甘みがほどけ、同じ惣誉の酒と響き合うことで、料理と酒が一本の線でつながります。
そして、雲丹と有明海苔の天麩羅。衣をまとわせるのは海苔のみ。香り高い海苔を薄衣で軽やかに揚げ、その上に生の雲丹を重ね、味付けは塩だけに留めました。削ぎ落とした構成だからこそ、海苔の香り、雲丹の甘み、塩の輪郭が際立つ。静かでありながら、記憶に残る一品です。
こうした料理の流れに、チャ氏が選び抜いた日本酒が寄り添います。
一皿ごとに酒が変わることで、味覚の焦点もまた変化する。
料理の余韻を伸ばす酒、香りを引き出す酒、旨味を深める酒。
その選定は、単なる説明ではなく、料理を完成へと導くもう一つの技でした。
終盤のデザートには、いちごのワインジュレをご用意しました。
その余韻にそっと重ねたのが、韓国の酒「ベッキョン」です。
果実の酸味と甘み、発酵由来の香りが穏やかに交わり、コースの最後に、異なる文化がさりげなく寄り添う一幕となりました。主役はあくまで、日本料理と日本酒。その流れを損なうことなく、食後の余韻に静かな広がりを添える存在として、ベッキョンはこの日の体験をやわらかく締めくくりました。
カウンターを囲む空間には、一皿ごとに驚きがあり、一杯ごとに会話が生まれました。
料理人の手仕事、日本酒の選定、そしてお客様の感性。
それぞれが響き合い、蘭亭ならではの“輪”が生まれていく。
今回の「JAPAN × KOREA Gastronomy Experience」は、日本料理と日本酒という軸を深めながら、文化が交差する可能性を静かに示す一夜となりました。
蘭亭はこれからも、素材、技、酒、空間、そのすべてが響き合う一席を追求してまいります。
次なるひとときにも、どうぞご期待ください。


